演劇

CODA(コーダ)劇団Ziシアター

劇団Ziシアター:CODA(劇団Ziシアター/前売1500円)
[評価:★★★]

倒産寸前の社長・泊は、社員の再就職先を探す道すがら、死に神から「余命3週間」と宣告される。…運命を受け入れ、退職した大企業の門を叩き、かつての同僚で今は重役の地位にある寺崎に、再就職の世話をお願いするが、彼は成果主義+拝金主義の妄執に憑かれていた…

死者の導き手である「死神」2人を、ゆるい狂言回しとして効果的に動かし、優しい印象を残した芝居であった。生霊や死神といったファンタジーな(ともすれば暴力的なご都合主義的になりがちな)要素をうまく抑制して、現代人と地続きの存在として描いている。この「死神」は名前の通りヒトの死際に魂を導くが、彼らの視点は、観客と同じ「傍観者」としての役割をも持たされているのが面白い。

芝居で描かれた二人の「取締役」は対称的で、世の中に善意があると信じて疑わないお人好しと、結果至上主義で目に見えない存在を否定する利己主義の男である。
…という設定なら、ま、フツーなら異なる思想の衝突として描かれ、大体は利己主義が敗退してメデタシメデタシ…となるのがセオリーだろうが、この芝居ではそうはならない。彼ら2人に周囲の女性達が関係してくる事で、相容れない存在でも、見えない部分では緩い連帯があるだという社会構造のカタチとして、表現されている。

 この芝居の主題は思想の対決ではなく、人間同士の、希薄ながらも大切な関係性に気が付かないまま死を抱えた「死神(のお手伝いさん)」が自らの傍観者になるという(=自分に向けられていたポジティブな人間関係に気付く)心の成長を描いた物語なのである。(舞台の上で彼が動かし減らしていく「白ブロック」は、人間関係の距離と泊の命を暗示している。取り扱う時の「何気なさ」が、死神に要求される「他人の気持ちが分かる事」をまだ習得していない事を示しているのだろう)

いまいち平坦でリズムに欠けた展開と、着火しない「笑い」の要素(←アニメ的記号に頼りすぎている?)が練り込み不足の本作だが、このところアニメキャラの不毛な模倣が目立っていたZiシアターが、「過去と未来が存在する、連続性のある人間像」への表現へと再び戻ってきたのが嬉しい。

過去を描いたシーンで、死神の前世の少年が、召集令状で紙ヒコーキを作って飛ばすシーンがある。よく飛ぶ赤紙ヒコーキを指して「ヒトの命と同じ重さだから」と嘘ぶくが、女の子の返答は「重いの?」 …命の重さと、重い鉄塊(=本物の航空機)ですら空を飛ぶゆえの一言だが、この思わぬ、しかし素直な気遣いの返答に黙り込んでしまう姿が、なんとも印象的。

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